この記事は、「天岩戸神話の舞台!神話の聖地 宮崎最強のパワースポット巡り1泊2日の旅バスツアー」の紹介記事です(2026年1月31日〜2月1日参加)。
こちらのツアーに参加するにはコチラ
神話の舞台として名高い宮崎・熊本の聖地を巡る「神話の聖地〜宮崎最強のパワースポット巡り1泊2日の旅」に同行取材しました。
このツアーは、飛行機で宮崎に入り、青島神社では南国の海に抱かれた境内を歩きます。続いて、断崖の洞窟に鎮座する鵜戸神宮で、「海と祈り」の迫力を体感。
高千穂では、天岩戸神社(西本宮・東本宮)と天安河原へ。「神様たちはどこで相談し、アメノウズメはどこで踊ったのか?」。そんな情景を思い浮かべながら、神話の世界をたどります。
さらに荒立神社、くしふる神社、高千穂神社と、神話の舞台を巡り、最後は熊本の幣立神宮を訪れます。
1泊2日の日程でも、神話の流れが一本の線としてつながるのが、このツアーの面白さです。
1日目の行程は、羽田空港から宮崎空港へ入り、青島神社、鵜戸神宮、かわみなみPLATZを経て、ホテル グレイトフル高千穂に宿泊します。
それでは、宮崎空港から1日目の神話巡りに出発しましょう。
目次
南国での縁結びは青島神社
宮崎空港に10時15分に到着後、現地貸切バスで約15分移動し、駐車場に着きました。そこから弥生橋を渡って青島神社へ向かいます。海に囲まれた景色は、どこか江ノ島を思わせます。青島神社の滞在は11時から12時35分までの95分です。駐車場から青島神社の入口までは徒歩で約15分かかります。
なお、ホームページ記載の滞在時間とは、現地の状況により多少異なる場合があります。
右手に広がる海岸に点在する奇岩は、「鬼の洗濯板」と呼ばれています。約700万年前、海中にあった水成岩が隆起し、長い年月をかけて波に削られたことで、硬い砂岩の層だけが板を重ねたような姿になりました。
ご祭神・山幸彦と豊玉姫の神話
山幸彦は、天から地上に降りた神・ニニギノミコトの子で、山の狩りに優れた神でした。兄の海幸彦と道具を交換した際、釣り針を海に落としてしまい、それを探すため海の国へ向かいます。そこで出会ったのが、海の神・綿津見神の娘、豊玉姫です。二人は心を通わせ、夫婦となりました。やがて山幸彦は釣り針を見つけてもらい、地上へ戻ることになります。
その際、潮を満ちさせる「塩盈玉(しおみつたま)」と、潮を引かせる「塩乾玉(しおふるたま)」の二つを授けられました。
後に兄の海幸彦が怒りをもって攻めてきた時、山幸彦はまず塩盈玉を使って潮を満たし、兄を海に沈めます。苦しむ姿を見て許しを乞われると、今度は塩乾玉で潮を引かせ、その命を救いました。
海幸彦は改心し、以後は守護人として仕えることを誓ったと伝えられています。
神門の扁額(へんがく)には、鴨就宮(かもつくみや)とあります。
青島神社の神話では、山幸彦と豊玉姫が出会った場所が青島とされ、地元では「鴨が冬を越す場所」と伝えられたことから、「鴨就宮」という名が生まれたといわれています。
青島神社のご由緒とご利益
青島神社は、日本神話で知られる山幸彦が、海の宮から戻り暮らした地と伝わる神社です。
平安時代の記録にも名が残るほど古く、島そのものが神域とされてきました。室町時代以降は領主の手で大切に守られ、今も南国の自然に包まれた特別な空気が流れています。
縁結びや安産、旅や航海の安全にご利益があるとされ、人生の節目に訪れたい神社です。
[公式サイト]https://aoshima-jinja.jp/
【ご祭神】
彦火々出見命(ヒコホホデミノミコト:山幸彦)
豊玉姫命(トヨタマヒメノミコト)
山神を祀る石神社
拝殿に向かって左側にあります。
【ご祭神】
彦火瓊瓊杵命(ヒコホノニニギノミコト):山幸彦の父神
木花咲耶姫命(コノハナサクヤヒメノミコト):山幸彦の母神
磐長姫命(イワナガヒメノミコト):木花咲屋姫命の姉神
婦人病の神様として、多くの方が参拝されています。
海の神を祀る海積神社
拝殿に向かって右側にあります。
【ご祭神】
豊玉彦命(トヨタマヒコノミコト):豊玉姫命の父神
少彦名命(スクナヒコナノミコト):恵比寿様
ご利益は、海上安全、大漁祈願、商売繁盛などです。
日向坂46の絵馬もある「元宮」
拝殿の右手から本宮へ進みます。元宮跡からは弥生式土器や獣骨などが出土しており、古くから小祠が建てられ、祭祀が行われていたと考えられています。
絵馬のトンネルは、「祈りの古道」と呼ばれています。
日向坂46の清水理央さんと高橋未来虹さんなどの絵馬(2024.11.24)もありました。
亜熱帯植物が繁茂する参道は、ここは日本?、と思うほどです。
真砂(まさご)の貝文
参道わきの砂浜から貝殻を見つけて、その貝殻に想いと願いを込めて、この波状岩にお供えします。青島では、とくにタカラガイが真砂と呼ばれ、大切にされてきました。
「ひらか」とは、特に「天の平瓮(あめのひらか)」を指し、古くから吉凶を占う神事に用いられる薄い土器のお皿のことです。特定の場所に向かって投げ入れることで、願いが叶うとされています。
ひらかを投げる場所は、社殿の後ろにあります。
青島神社のお守りは種類が豊富で、なかでも黒猫の「青島くん」が人気です。黒猫は幸福、白猫は健康、桃猫は縁結び、金猫は金運上昇、黄猫は厄除けのご利益があるとされています。
最後に神門から海を眺め、帰路につきました。
青島神社の御朱印
※写真は定番の御朱印です。このほかにも、神話限定や季節限定、JRとのコラボ御朱印があります。
今日の昼食弁当
青島神社の参拝を終えると、昼食用のお弁当が用意されていました。次の鵜戸神宮までは約30分の移動があるため、バスの中でいただきます。
巌窟に鎮座する鵜戸神宮
鵜戸神宮の滞在は、13時05分から14時30分までの85分です。
駐車場のすぐ前から参道の階段が上まで続き、その脇に社号碑が建っていました。
階段を上がって左へ曲がるとトンネルがあり、このトンネルを通る参道は新参道と呼ばれています。
八丁坂参道
トンネルを出て左へ少し進むと、右手に階段があります。この階段は八丁坂参道と呼ばれ、古い石段参道の一部です。
八丁坂参道を下ると、左手前方に神門が見えてきます。
神門を抜けると、右手に海と空を背にした楼門がそびえ立っています。
楼門を過ぎると千鳥橋(写真上)があり、さらに進むと玉橋(写真下手前の方)に出ます。玉橋の手前からは、左へ下る別の階段もあります。
鵜戸神宮は「下り宮」として知られ、参拝者は階段を下って本殿へ向かいます。下り宮で有名な神社としては、出雲大社があります。
写真の屋根がある場所に人が集まっていますが、ここから亀石に向かって「運玉」を投げます。
霊石亀石
亀の背中にあるくぼみへ、男性は左手、女性は右手で「運玉」を投げ、入ると願いがかなうといわれています。気軽に挑戦できる、人気の開運スポットです。
鵜戸神宮のご由緒とご利益
階段を降りて左手に、鳥居と御本殿があります。
鵜戸神宮は、崇神天皇の時代に始まったと伝わる、神話ゆかりの聖地です。中世には仏教と結びついた信仰の中心として栄え、明治以降は神社として整えられ、現在も多くの参拝者が訪れています。
ご利益は安産や子育てが代表的で、豊玉姫にちなむ「おちちいわ」は母子守護の象徴とされています。このほか、航海や漁業の安全、勝負運のご利益でも知られています。
[公式サイト]https://www.udojingu.or.jp/
【ご祭神】
日子波瀲武鸕鷀草葺不合尊(ヒコナギサタケウガヤフキアエズノミコト)
青島神社のご祭神である彦火々出見命(山幸彦)と豊玉姫命の子であり、神武天皇の父神です。
鵜戸神宮の巌窟は、一般に数万年から数百万年かけて形成されるとされる海食洞の一つです。周辺一帯は日向灘の激しい波や風雨にさらされ、長い浸食の過程を経て、現在の姿になったと考えられています。
皇子神社
本殿の左手奥に位置し、主祭神として彦五瀬命(ヒコイツセノミコト)が祀られています。彦五瀬命はウガヤフキアエズノミコトの長男で、神武天皇の兄にあたる神です。
御乳岩
豊玉姫が御子の育児のため、両乳房をご神窟に寄せたと伝えられる「おちちいわ」は、今も玉のような岩清水を絶えず滴らせています。安産や育児を願う人々の信仰を集める場所です。
御乳岩から滴る水で作った飴を母乳代わりに、ウガヤフキアエズノミコトは育てられたと伝えられています。現在の「おちちあめ」も、このお乳岩から滴るお乳水で作られているそうです。
鵜戸山の磨崖仏
磨崖仏(まがいぶつ)へは、八丁坂参道を下り、右手にある鳥居(神門とは反対側)をくぐって、約5分ほど進みます。石板の案内を過ぎると、その先は山道を登る道になります。
磨崖仏は、江戸時代の明和元年(1764)から明和二年(1765)にかけて、鵜戸山仁王護国寺の第47世別当・隆岳が、仏師の延寿院に彫らせたものと伝えられています。
少し山道を登った先に、閻魔大王像(写真上)と不動明王像(写真下)があります。閻魔大王の右側には、風化して判別しにくいものの、四天王像が彫られた岩もあります。
鵜戸神宮の御朱印
※鵜戸神宮の御朱印は、亀石、楼門(写真上)、楼門と海、鵜戸稲荷神社、波切神社の5種類があります。
宮崎のお土産は、かわみなみPLATZで
鵜戸神宮の参拝を終えて、約3時間かけてホテル グレイトフル高千穂へ向かいます。2日目の行程が高千穂町に多くあるためです。途中、このツアーでは唯一宮崎のお土産を買える「かわみなみPLATZ」へ寄ります。
皮まで食べられる小ぶりのバナナ、ちょっと他ではありません。
宮崎といえば、やはりマンゴー。お菓子も美味しそうですね。
ホテル グレイトフル高千穂に宿泊
朝食は、和洋食があります。変わったメニューでは、鹿の唐揚げがありました(写真・中央下)。高千穂のジビエとして、鹿は有名です。
高千穂の夜神楽を鑑賞
高千穂神社では、夜神楽が20時から21時まで行われています。ツアー行程には含まれていませんが、拝観料は1,000円(2026年1月31日現在)です。ホテルから徒歩約15分です。
[手力雄の舞]天照大神が隠れた天岩戸を探しています。
[鈿女の舞]岩戸の前で舞います。
[戸取の舞]手力雄の勇壮で力強い舞です。
[御神体の舞]イザナギとイザナミで夫婦円満を象徴しています。この二神、観客席に降りてきて、それぞれお相手を物色します。
2日目の行程は、天岩戸神社と天安河原宮を参拝し、荒立神社、くしふる神社、高千穂神社を巡ります。その後、神楽宿で昼食をとり、幣立神宮を参拝したのち、熊本空港から羽田空港へ戻り、解散となります。
天岩戸神社 西本宮から天安河原宮へ。
ホテルから天岩戸神社までは、5分ほどです。
バスの駐車場は、東本宮の鳥居前にあります。天岩戸神社の滞在時間は8時30分から10時10分までの100分です。
途中9時から約15分間、宮司さんの案内で、御神体である天岩戸を西本宮の裏手から拝観できます。
橋の下には、岩戸川が流れています。
天岩戸神社 西本宮
橋を渡って右へ曲がると、西本宮の鳥居まで一直線の参道が続きます。参道沿いには、天岩戸交流センター「あまてらす館」やテイクアウト喫茶「この花」など、神話にちなんだ建物が並びます。
また、左手の駐車場には、力強い姿の天手力男神像が立っています。掲げているのは、天岩戸でしょう。
天岩戸伝説
高天原を治める太陽の神アマテラスには、弟のスサノオがいました。スサノオは国を治めず乱暴な行いを重ね、ついには機織り小屋を壊して尊い命を失わせてしまいます。深く心を痛めたアマテラスは、天の岩屋戸に身を隠しました。
太陽を失った世界は闇に包まれ、八百万の神々は集まって相談します。そこで知恵の神の考えにより祭りが行われ、アメノウズメが舞うと、神々は大きな笑い声を上げました。
外の様子を不思議に思ったアマテラスが岩戸を少し開いたその瞬間、力の神タヂカラオが手を取り、外へ引き出したと伝えられています。
このとき投げられた岩戸が戸隠山に落ち、山の頂がノコギリのような形をしているのはその名残とされ、戸隠神社の由来になったと伝えられています。
天岩戸神社のご由緒
天岩戸神社は、天岩戸そのものを御神体としてお祀りする神社です。岩戸川を挟んだ向かいの断崖中腹にある洞窟が信仰の中心で、古くから一帯が神聖な場所として守られてきました。岩戸川を挟んで東本宮と西本宮が向かい合い、平安時代にはすでに記録が残っています。中世以降も再興と崇敬が重ねられ、岩戸神楽などの神事が今も受け継がれています。
皇室や多くの文化人が参拝してきたことからも、長い歴史の中で特別な存在として敬われてきた神社であることがわかります。
[公式サイト]https://amanoiwato-jinja.jp/
天岩戸神社 西本宮
鳥居前に9時に再集合し、宮司さんによる天岩戸の案内を受けます。案内は30分間隔で行われています。
塀の向こうに見えるご神木「招霊(おがたま)の木」(写真上・右上)についても教えてもらいました。
天鈿女命が舞を披露した際、手にしていたのがこの木の枝と伝えられています。また、岩戸神楽で使われる神楽鈴は、この招霊の木の実がもとになったそうです。
ここから先は撮影禁止となります。拝殿の右手にある御門から中へ入り、御神体を参拝します。
拝殿裏の遥拝所からは、岩戸川の渓谷を挟んで天岩戸を望むことができます。雰囲気はスケッチでご覧ください。
天岩戸は地上から約50mの高さにあり、洞窟の大きさは縦横約18m、奥行き約9mとされています(毎日新聞より)。しめ縄は約20mもあり、毎年冬至の日に張り替えられます。
また、岩戸は閉じているように見えますが、実際は岩盤の奥に空間があり、上から岩が落ちてふさがっているように見えるそうです。
ところで、御神体である天岩戸の正面は岩戸川の深い渓谷です。では、神話で語られるアメノウズメの舞や、八百万の神々は、いったいどこで行われたのでしょうか。
宮司さんに伺うと、天岩戸から約800m離れた場所に神々やアメノウズメがいたとする伝承があるとのこと。
その地は時空を超えて神々なら直接触れ合える場所だと語られており、調べてみても文献にはほとんど残っていない、興味深い話でした。
【西本宮 ご祭神】
大日霎尊(オオヒルメノミコト)※天照皇大神の別称
ご神木 招霊の木(写真下:御門内)
天岩戸神社の御朱印
※御朱印は天岩戸神社と天安河原宮(後述)の2種類があります。
八百万の神々が集まった天安河原宮
西本宮の前を通過した先に、天安河原宮への案内があります。ここから徒歩約10分です。
鳥居を出て、50mほど先にある天安河原への案内です。
天照皇大神が天岩戸にお隠れになった際、八百万の神々が集まり、世を元に戻す方法を話し合ったと『古事記』などに記されています。
天安河原は、その神々の会議が行われた場所と伝わる聖地で、天岩戸神社から川をさかのぼって約500m(徒歩約10分)の場所にあります。
河原の一角には、間口約40m、奥行約30mの大きな洞窟「仰慕窟」があり、願いがかなう場所として全国から参拝者が訪れています。
【天安河原宮 ご祭神】
思兼神(オモイカネノカミ)
八百萬神(ヤオヨロズノカミ)
天安河原宮の御朱印
天岩戸神社 東本宮
西本宮と天安河原宮を参拝後、東本宮前にあるバスの駐車場へ戻ります。
鳥居をくぐると、すぐ右手に、樽の上で舞う天鈿女命像があります。
階段の数はわかりませんが、1〜2分ほどかかります。
【東本宮 ご祭神】
天照皇大神(アマテラススメオオミカミ)
御神水を汲むことができるので、空のペットボトルを持参すると便利です。
右手の祠には「大神宮」と刻まれた石碑が安置されています。ここは、天照大御神が天岩戸から出られた後、最初にお住まいになった場所と伝えられています。
みやざき新巨樹100選に選ばれているご神木は「七本杉」ですが、見た目は9本あるように見えます。左端の杉は根元でつながっているため1本と数えられるそうです。
ただ、残りのうち、どの2本が1本として扱われているのかは判別できません。
アンミカさんおすすめの荒立神社
ツアー行程表とは異なり、先に荒立神社(あらたてじんじゃ)を参拝し、その後、徒歩でくしふる神社へ向かいました。移動は徒歩約10分ですが、途中の見どころも添乗員さんが丁寧に紹介してくれました。滞在時間は10時20分から11時55分までの95分です。荒立神社は、アンミカさんに良縁を授けた神社として知られています。
アンミカさんは2023年7月29日に宮崎県高千穂町の「神都高千穂観光大使」に就任し、現在も任期中(2028年7月28日まで)。
結婚後に同社へお礼参りをしたことを、ブログやメディアでたびたび語っているそうです。
「荒立宮」と書かれた鳥居が見えてきます。
荒立神社のご由緒とご利益
荒立神社は、天孫降臨の際に瓊々杵尊(ニニギノミコト)を導いた猿田彦命と天鈿女命が夫婦となり、この地に住んだことに由来する神社です。二神は急いで住まいを整える必要があったため、切り出したばかりの荒木を使って宮居を建てたと伝えられています。そこから、この地は「荒立宮」と呼ばれるようになりました。
天鈿女命は芸能の神として信仰されているため、荒立神社には芸事の上達や成功を願う芸能関係者も多く訪れます。
また、交通安全や五穀豊穣、商売繁盛、厄除け、安産、長寿祈願など、ご利益は幅広いとされています。
なかでも縁結びや夫婦円満のご利益で知られ、良縁を願うカップルや結婚を望む人々に人気の神社です。
【ご祭神】
猿田彦命(サルタヒコノミコト)
天鈿女命(アメノウズメノミコト)
社殿右手にある句碑「高千穂の六根を引きに 猿田彦」
※六根を引く=心身を清める
歳神は、主に五穀豊穣、収穫、また金運・商売繁盛の神様である「大歳神(おおとしのかみ)」を祀っています。
神漏岐山(かむろぎやま)〜七福徳寿板木
心を込めて板を7回打ち、祈願します。猿田彦命をはじめ、八百万の神々から七つのご神恵を授かれると、説明されています。
1.五穀豊穣
2.交通安全
3.商売繁盛
4.家運繁栄
5.縁結び 安産 長寿
6.厄除け
7.芸能 武運 学業成就
参拝中は、あちこちから板木を打つ「トン、トン」という音が、絶えず響いていました。
※神漏岐山とは、高千穂町にある神話伝承地「槵觸(くしふる)の峰」の別称、または同地にある神聖な山を指す言葉です。
「相川七瀬」の文字があります。

神漏岐山〜干支板木
荒立神社の背後に広がる森には、干支の板木が点在しているようです。時間の都合で自分の干支の板木は見つけられず、少し残念でした。
荒立神社の御朱印
くしふる神社で一人深呼吸
くしふる神社へ向かう途中に立ち寄った見どころは、後ほど一部紹介します。
くしふる神社のご由緒とご利益
くしふる神社は元々槵觸山(くしふるやま)を御神体として崇められており、1694年に社殿が建立されました。神社は古来より武神として信仰され、特に相撲のルーツともされる神事相撲が奉納されています。また、天孫降臨の際に神々が集まった場所としても知られています。
ご利益は多岐にわたり、特に諸願成就、交通安全、武道の上達、芸能の成功などが挙げられます。
天児屋根命(アメノコヤネノミコト)と天太玉命(アメノフトダマノミコト)は歌の神としても信仰されており、音楽や芸事に関するご利益も期待されています。
【くしふる神社 ご祭神】
瓊々杵尊(ニニギノミコト)
天児屋根命(アメノコヤネノミコト)
天太玉命(アメノフトダマノミコト)
武甕槌命(タケミカヅチノミコト)
経津主命(フツヌシノミコト)
参拝後、添乗員さんが「高天原遥拝所」と「四皇子峰」(後述)を案内してくれる予定でしたが、私は少し疲れていたため、社殿のそばに一人残ることにしました。
それまで見学中心でせわしなかったこともあり、誰もいない境内で立ち止まり、ゆっくり深呼吸してみました。すると、少しずつ心が落ち着いていくのを感じました。
神社を参拝することは、建物を見ることだけでなく、その場の空気を感じることでもあるのだと、改めて実感しました。
神話史跡コース遊歩道
くしふる神社の神話史跡コース遊歩道は天孫降臨に関連する重要な史跡を巡る散策路です。このコースは、くしふる神社から始まり、周辺の神話にまつわる場所を訪れることができます。今回、添乗員さんからツアー行程には出ていない場所も案内してもらいました。いくつかを紹介します。
天真名井(あまのまない)
荒立神社からくしふる神社のほぼ中間にあります。瓊々杵尊が降臨の際に水を汲んだとされる神聖な井戸です。
高天原遥拝所
くしふる神社からの遊歩道にあります。
天孫降臨の後、神々はこの丘に立って遠くから天に向かって祈りを捧げたと言われています。この地域は今も天と地を結ぶ神聖な場所とされ、神々に敬意を表し、祈る人もいます。
四皇子峰(しおうじがみね)
高千穂地方の伝説によると、この場所は、日本の最初の天皇である神武天皇と3人の兄弟である、五瀬命(イツセノミコト)、稲飯命(イナヒノミコト)、三毛入野命(ミケイリノミコト)の皇子が生まれ育ったところとされています。
神武天皇は、45歳の時に大和の国(現在の奈良県)へ征服に向かうまで、ここで過ごしていたと考えられています。
くしふる神社の御朱印
高千穂神社では、夫婦杉を3回巡る
滞在時間は、12時00分から12時40分までの40分です。
鳥居をくぐり、前方を見ると「奉献」の狛犬が目に入ります。
鉄製の狛犬と秩父杉
鎌倉幕府からの信仰が厚く、源頼朝の代参として、秩父の武将・畠山重忠が天下泰平を願って参拝しました。鎌倉幕府が寄進した鉄製の狛犬一対は、鎌倉時代を代表する名品として、国の重要文化財に指定されています。
また、階段を上り切った左手には、畠山重忠が手植えしたと伝わる杉があります。「秩父杉」と呼ばれ、「みやざきの巨樹百選」にも選ばれた御神木で、樹齢約800年、樹高55m、幹回り7.15mの堂々とした姿で、長い歴史を今に伝えています。
高千穂神社のご由緒とご利益
高千穂神社は、高千穂郷八十八社の総杜として、地域一帯の信仰の中心を担ってきた由緒ある神社です。創建は約1900余年前と伝えられ、高千穂が神々の里と呼ばれる歴史を今に伝えています。中世以降は高千穂郷の守り神として崇敬され、夜神楽をはじめとする伝統行事も受け継がれてきました。
ご利益は、家内安全や五穀豊穣、厄除け、縁結びなど幅広く、人生の節目に参拝される神社として親しまれています。
【高千穂神社 ご祭神】
高千穂皇神(タカチホスメガミ)
以下の日本神話における重要な神々の総称であり、特に日向三代と呼ばれる神々とその配偶神を含みます。
[日向一代]
瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)
木花開耶姫命(コノハナサクヤヒメノミコト)
[日向二代]
彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)
豊玉姫命(トヨタマヒメノミコト)
[日向三代]
鵜葦草葺不合尊(ウガヤフキアエズノミコト)
玉依姫命(タマヨリヒメノミコト)
三毛入野命(ミケヌノミコト)
鵜目姫命(ウノメヒメノミコト)
十社大明神(ジュッシャダイミョウジン)
鬼八伝説と三毛入野命
鬼八を退治する神様、三毛入野命(ミケヌノミコト)の彫刻があります。
鬼八は、荒ぶる神として知られ、高千穂郷一帯を荒らしていました。鵜目姫命(ウノメヒメノミコト)をさらって鬼ヶ岩屋に隠していました。
三毛入野命は、鬼八を退治するために攻め入ることを決意し、壮絶な戦いを繰り広げました。鬼八は何度も蘇るため、最終的にはその身体を3つに切り離して埋めることで、再び蘇ることを防ぎました。
この伝説は、地域の人々に深く根付いており、鬼八の霊を鎮めるために毎年「猪掛祭」が行われています。
鎮石の由来
第11代垂仁天皇の勅命によって、日本ではじめて伊勢神宮と高千穂神社に設置されたと伝えられています。この石に祈ると、人の悩みや世の乱れが鎮められると言われています。

夫婦杉
この夫婦杉の周りを大好きな人と手をつないで3回巡ると幸せになると言われています。
高千穂神社の鳥居を出ると、道路の向かい側に天鈿女命の像が立っていました。参拝を終えた私たちを、やさしく見送ってくれているようでした。
高千穂神社の御朱印
神楽宿での昼食「天村雲御膳」
昼食時間は、12時50分から13時40分までの50分です。
神楽宿で昼食をいただく「宵殿屋敷(よどやしき)」までは、まるで歴史のある村内を歩いているような、タイムスリップした感覚になります。
築260年以上の民家を移築した食事処「宵殿屋敷」は、苔むした茅葺き屋根が印象的で、館内には神楽を舞うための「神庭(こうにわ)」が設けられています。その舞台を囲む座敷で、ゆったりと郷土料理を味わえます。
天村雲御膳
中央にある小屋を模した器は「苫屋」で、煮しめやだし巻き玉子が入り、炊き込みご飯、チキン南蛮、白玉入りの栗ぜんざいなどが盛られていました。
右上の五色そばは、下で火が灯り続けていたため、底のほうがかた焼きそばのようになるのが特徴です。
詳しくは以下を参照して下さい。
[神楽宿:公式サイト:天村雲御膳]https://kagurayado.jp/cuisine.html
[山口名物「瓦そば」って?]https://yamaguchi-tourism.jp/feature/kawarasoba
中央に設けられている「神庭」。食後、店主から概要を教えてもらいました。
千穂の家|高千穂のお食事とお土産
[公式サイト]https://chihonoie.jp/
1万5千年のご神木がある幣立神宮
今回のツアーで唯一、熊本県にある神社で、近年とくに人気が高まっています。駐車場には、すでに多くのマイカーが並んでいました。滞在時間は14時00分から15時10分までの70分で、龍神の池(東水神宮)にも参拝できる時間が確保されました。
ご由緒とご利益
この神社は、『大日本史』に記される「知保の高千穂峰」にあたる地に建つと伝えられています。「筑紫の屋根」という古い伝承では、神殿に降った雨が東西の海へ流れ、世界を包み込むとされ、高天原につながる「国のはじまりの宮」と考えられてきました。
境内には、天の神と地の神をまつる神籬が古くから置かれ、その象徴として「日の宮の天神木」と呼ばれる日本一の大きなヒノキが今も残されています。
また、神武天皇が旅立った原点の地ともされ、皇孫・健磐龍命(タケイワタツノミコト)が天と地の神を祀ったという歴史が伝わります。
ご利益は、縁結びや安産、商売繁盛、開運・運気上昇、心願成就など多岐にわたります。
【主祭神】
神漏岐命(カムロギノミコト)岐=男
神漏美命(カムロミノミコト)美=女
大宇宙大和神(オオトノチオオカミ)
天御中主大神(アメノミナカヌシオオカミ)
天照大神(アマテラスオオミカミ)伊勢神宮・内宮
豊受大御神(トヨウケオオミカミ)伊勢神宮・外宮
【その他】
神代七世の大神
天神七代の大神
地神五代の大神
五色神など
健磐龍命(タケイワタツノミコト)
阿蘇十二明神
[参考サイト]https://kurumenavi.com/report/162/
天神木の「高千穂」と書かれています。
天神木の「首ッ玉」
ご神木である巨大なヒノキの根元にある株やこぶ状の部分を指す呼び名です。そこには、木が何度も生えかわりながら世代を重ねてきた跡が残されています。
案内板にある「1万5千年の命脈」とは、一本の木が生き続けているという意味ではなく、倒れても同じ根や株から新しい芽が育ち、命が受け継がれてきたということです。
伊勢神宮から分霊を勧請した内宮と外宮の別宮もあります。


筑紫の屋根(御輿神殿)
天岩戸よりお出ましになった天照大神を御輿に奉じて日の宮にご還幸になったといわれています。そして、神殿に降った雨が東と西、両方の海へ流れ出し、世界全体を包み込むとされ、「筑紫の屋根」の尊号があります。
八大龍王が棲むという龍神の池
高千穂神社の左裏手から、龍神の池(東水神宮)へ降りていきます。
「双子杉」と「五百枝杉(いおえすぎ)」と書かれています。
「多くの枝(五百枝)」を持つ姿は、神様をお迎えする神木として、また強力なパワースポットとして、幣立神宮の象徴となっています。
この池には、八大龍王が住んでいるといわれています。降りてきた道の脇にはまだ雪が残っていましたが、水はそれほど冷たくありませんでした。
八大龍王は水の神
水を司る神として、雨を降らせたり、川や湖の水を守ったりする役割を持っています。
八大龍王が鎮まるとされる場所は、しばしばパワースポットとされ、訪れる人々はその神聖なエネルギーを感じることができると信じられています。
伝説によれば、秦の始皇帝が不老不死の霊薬を求めてこの神水を訪れたとも言われています。
社殿の左横から、御神水を汲んで持ち帰れます。
幣立神宮の御朱印
熊本空港を17時45分に出発し、19時20分に羽田空港へ到着。空港解散となりました。
まとめ:宮崎最強のパワースポット巡り
今回の「神話の聖地〜宮崎最強のパワースポット巡り1泊2日」は、ただ有名な神社を回るだけでなく、神話の場面を順番に追えるようになっているのが特徴でした。青島神社では、海と亜熱帯の景色の中で、山幸彦と豊玉姫の神話にふれる“やさしい始まり”。鵜戸神宮では、洞窟の本殿と運玉で、参拝が「体験」になる面白さ。
高千穂の天岩戸神社〜天安河原宮は、実際の地形を見てこそ想像が深まります。
そして荒立神社・くしふる神社・高千穂神社で、神話の登場神たちとの距離がぐっと近づき、幣立神宮では、「国のはじまり」という大きなスケールの信仰に触れられました。
2日間でこれだけの聖地を、自力で迷わず、要点を押さえて巡るのは意外と大変です。その点、このツアーは移動の負担を減らしつつ、神話の流れをわかりやすく体験できました。
「日本神話を“読んだ”から、“歩いてわかった”へ。」――そんな1泊2日のツアーです。
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※当記事の内容は個人の感想を含み、諸説ある話の1つを基に作成されているため客観的な事実を表すものではありません。 また、特定の説を支持したり、異なる説を否定したりするものではないことをご了承ください。 なお、内容についてのご質問はお受けいたしかねます。








この記事を書いた人
リョウさん
2007年頃から、年に2〜3回趣味で日帰りバスツアーに参加していました。
当初ははとバスをメインに、読売旅行、クラブツーリズムなどを利用していました。
2017年頃から神社に興味を持つようになり、四季の旅のツアーに参加するようになりました。
基本、月一同行取材に参加しています。
お気づきの方は、お気軽にお声をかけてください。
どうぞ、よろしくお願いいたします。