この記事は、「午年に参拝したい関東の神社☆大杉神社/勝馬神社バスツアー」の同行取材記事です(2026年2月22日参加)。
こちらのツアーに参加するにはコチラ
今回のバスツアーは2026年の午年にあわせ、勝馬神社を中心に関東の古社を巡るコースです。
最初に参拝するのは、日本を代表する古社・鹿島神宮。勝負運や決断力を授かります。
続いて、常陸の神々を祀る常陸國總社宮へ。落ち着いた境内で手を合わせ、行動する力を高めます。
昼食は道の駅かさまでは、地元の味を楽しみます。
最後は「夢叶え」のあんばさま総本宮 大杉神社へ。境内社である勝馬神社に参拝できます。
午年に「最勝」を祈る開運バスツアーです。
目次
2026年は午年。ご神木と「最勝」の勝馬神社へ
あんばさま 大杉神社でバスを降りると、すぐに「最勝」と掲げられた鳥居が見えます。階段を上がった右手が、境内社の勝馬神社です。
「最勝」とは、「もっとも勝つ」という意味の言葉です。勝利や成功を願う気持ちが込められており、勝馬神社のご利益をよく表しています。
立身出世や仕事運、金運を願う人が多く訪れ、午年の今年はとくに注目を集めています。
馬の頭が現れたご神木
勝馬神社でひときわ目を引くのが、ご神木です。折れた枝の部分が、まるで馬の頭のように見えることから、「神様のおしるしではないか」と話題になりました。
実際に見ると、たしかに馬の顔に見えてきます。
そのため、勝負運や成功を願う人たちの間で、特別な存在として親しまれています。
この木にそっと触れたり、撫でたりすると、勝負運を授かるともいわれています。午年の今年は、とくに多くの参拝者が手を伸ばしていました。
勝馬神社のご由緒
勝馬神社は、馬にゆかりのある神様をおまつりするお社です。古くから、競馬の必勝祈願や馬の健康を願う人々が参拝してきました。
その歴史は平安時代にさかのぼると伝えられ、かつてこの地域にあった馬牧(馬を育てる場所)と深く関わっています。
神道では、馬は神様の使いと考えられてきました。
神社に馬を奉納する習わしもあり、とくに白馬は天照大御神の神馬として大切にされてきました。
こうした信仰の流れの中で、勝馬神社は勝ち運や成功を願う人々に親しまれるようになったのです。
ご神木に現れた馬の姿は、どう見ても馬の頭にしか見えません。思わず足を止めてしまう存在感です。
この木は「しひ」と呼ばれるスタジイの仲間で、ブナ科シイ属の常緑高木。境内の長い歴史を見守ってきた大木です。
なお、このご神木には、もう一つ語られている不思議があります。詳しくは「あんばさま大杉神社」編でご紹介します。
勝馬神社の「午年限定」御朱印
2026年の午年にあわせて、特別な御朱印が用意されています。限定御朱印は全部で7種類。どれも馬をモチーフにした、アートチックなデザインです。
詳しくは「あんばさま大杉神社」の項でご紹介します。
今回のバスツアー最大の目的である勝馬神社をご紹介しました。
それでは、あらためて今日の旅に出発しましょう。
本日の行程は、鹿島神宮、常陸國總社宮、道の駅かさま(自由昼食)、そしてあんばさま総本宮 大杉神社です。
地図でルートを確認し、東京駅を出発します。
鹿島立ちの鹿島神宮
鹿島神宮での滞在は、9時15分から10時20分までの約65分です。境内の二の鳥居のそばには、「鹿島立ち」の由来を伝える石碑があります。そこに刻まれているのが、万葉集の一首です。
霰(あられ)降り 鹿島の神を祈りつつ 皇御軍(すめらみいくさ)に 我は来にしを
――大舎人部千文(万葉集)
この歌は、防人(さきもり)として都から遠く離れた地へ向かう人が、出発の前に鹿島の神へ無事を祈った気持ちを詠んだものです。
故郷を後にする不安と、神さまへの願い。
その思いが「鹿島立ち」という言葉の由来になったと伝えられています。
鹿島神宮のご由緒
鹿島神宮は、初代・神武天皇の時代に創建されたと伝わる、とても古い神社です。東国を平定する東征の際、武甕槌大神(タケミカヅチノオオカミ)の霊剣によって危機を乗り越えたことに感謝し、この地におまつりしたのが始まりとされています。
その後、武甕槌大神は「武の神」として広く信仰を集めました。
源頼朝や徳川家康など、名だたる武将たちも篤く信仰したと伝えられています。
まだ午前9時を少し回ったばかりですが、鹿島神宮にはすでに多くの参拝者が訪れていました。
今年は12年に一度、午年に行われる式年大祭「御船祭(みふねまつり)」の年にあたります。その準備のためでしょうか、日本三大楼門の一つとされる楼門や手水舎には建築シートがかかっていました。
今回はその姿を見ることができず、少し心残りではありましたが、次回の楽しみにしたいと思います。
(写真は2018.12.24撮影)
拝殿をくぐると、すぐ右手にご神木の「次郎杉」がそびえています。
鹿島神宮の拝殿と本殿
拝殿の前には、すでに多くの参拝者が並んでいました。滞在は約60分。今回は列に並ばず、少し離れた場所から静かに手を合わせました。
現在の拝殿・幣殿・本殿は、1619年に徳川秀忠によって造営されたものです。江戸初期を代表する社殿として、国の重要文化財に指定されています。
拝殿は入母屋造(いりもやづくり)、幣殿は切妻造(きりづまづくり)、本殿は三間社流造(さんげんしゃながれづくり)という伝統的な様式で建てられています。屋根はいずれも檜皮葺きです。
拝殿・幣殿・石の間・本殿が一直線に並ぶ、整った構造も見どころのひとつです。
本殿の後ろには、ご神木の杉がそびえています。
鹿島神宮のご祭神とご利益
鹿島神宮のご祭神は、武甕槌大神(タケミカヅチノオオカミ)です。武甕槌大神は、天照大御神の命を受け、香取神宮の経津主大神(フツヌシノオオカミ)とともに出雲で国譲りを成し遂げた神と伝えられています。日本のはじまりに関わった神様です。
古くから「武の神」として信仰を集め、勝利や成功へ導く力があるとされてきました。
現在も、必勝祈願や厄除けなど、人生の大事な節目に力を授けてくださる神様として親しまれています。
鹿島神宮の奥参道
奥参道の入り口には、「鹿島七不思議」が紹介されています。
なかでも有名なのが「要石」。地中深くまで続き、地震を起こす大鯰を押さえていると伝えられています。
また、御手洗池はどんな人が入っても水の深さが変わらないといわれる不思議な池です。
奥参道の中ほど、左側には、国歌「君が代」にも登場するさざれ石と、神の使いとされる鹿がいる鹿園があります。
鹿島神宮の奥宮から要石へ
奥宮
奥宮にも多くの参拝者が並んでいました。ここでも列には加わらず、横から静かに手を合わせ、要石へ向かいます。
鹿島神宮の奥宮は、武甕槌大神の荒魂(あらみたま:髪の荒ぶる一面)を祀る社殿です。現在の社殿は、徳川家康が関ヶ原の戦いの勝利を感謝して奉納したものと伝えられています。
大鯰の碑
要石へ向かう途中には「大鯰の碑」があります。武甕槌大神が巨大な鯰の頭を剣で押さえている姿を表した石碑です。
地震を起こすとされる大鯰を鎮めるという伝説に基づいています。
要石
要石は、地中に潜む大鯰を押さえる石と伝えられています。地震を防ぐ力があると信じられてきました。
その深さは不明で、掘り進めても根元が見えなかったと伝えられています。
奥宮前から御手洗池へ
奥宮の正面には売店があり、その先から御手洗池へ向かいます。やや急な下り坂が続き、所要は約3分ほどです。
御手洗池は、鹿島神宮を代表する湧水の池です。澄んだ水が絶えず湧き出ています。
鹿島七不思議の一つに数えられ、「大人でも子どもでも、水の深さは乳のあたりまで」と伝えられています。実際の水深は一定ではありませんが、古くから不思議な池として語り継がれてきました。
かつては参拝前に身を清める禊の場でもあり、現在も神聖な場所として大切にされています。
御手洗池のそばには売店があります。
せいろ蕎麦、節分そば、花巻そば、祭りそば、八幅そばなど、各種そば類がそろっています。わらび餅と抹茶のセットも用意されています。
2月の訪問だったため、ほっとゆず茶、ほっとすだち、ホットシークワーサーなど、温かい飲み物も多く並んでいました。
時間になりましたので、バスへ戻ります。
駐車場にも売店があり、笹本、お茶茶カフェ、縁側、なかやなどの店舗で、飲み物や軽食を購入できます。
[コラム]不思議な形に見える樹木
境内には、自然にできた模様や形が話題になっている樹木がいくつかあります。いずれも自然の造形ですが、参拝の途中で立ち止まる人の姿が見られました。
奥参道には、幹の中央に顔のように見える模様がある木があります。ご祭神・武甕槌大神の顔ではないか、と見る人もいるようです。
また、奥参道の鹿園と反対側には、「ハートの木」と呼ばれている木があります。奥参道を戻る際、左上に見えます。
奥宮へ向かう左側、鹿園のすぐ先にも、鹿の姿に見えるという木があります。
さらに、「大鯰の碑」のそばに、形が特徴的な木があります。あなたには、何に見えますか?
鹿島神宮と奧宮の御朱印
次の常陸國總社宮までは、バスで約1時間30分の移動です。
昼食は「道の駅かさま」で13時頃の予定となっています。時間まで余裕がありますので、お腹が空いた方はバス内で軽く食事をとることもできます。
常陸國總社宮と手塚治虫
常陸國總社宮の滞在は、11時40分から12時20分までの40分間です。
バスは大鳥居ではなく、旧参道側の鳥居近くに停車します。そこから境内に入り、細い参道を進むと、階段を上がって拝殿前に出ます。
常陸國總社宮のご由緒
常陸國總社宮は、約1300年前、7世紀ごろに創建されたと伝わる古い神社です。当時、現在の茨城県は「常陸國」と呼ばれ、豊かな国として知られていました。その政治の中心が、いまの石岡市に置かれていた国府です。
「総社」とは、その国に祀られていた多くの神々を、一か所に合わせて祀った神社を指します。国司と呼ばれる役人が、ここで国中の神々に祈りをささげました。
創建以来、祭りが途切れたことはなく、毎年9月の例大祭は「石岡のおまつり」として広く知られています。関東を代表する祭りの一つで、多くの人が訪れます。
[公式サイト]https://sosyagu.jp/
常陸國總社宮の拝殿と本殿
階段を上がると、拝殿の右手にご神木が立っています。
常陸國總社宮の拝殿
現在の拝殿は、昭和39年に火災で焼失した旧拝殿に代わり、昭和60年に再建されたものです。各種祭典や昇殿祈祷が行われています。
常陸國總社宮の本殿
本殿は寛永4年、当時の領主・皆川山城守の命によって建てられた、境内で最も古い建物です。三間社流造で、屋根は銅板葺きです。
石岡市の有形文化財に指定されており、平成28年に大規模な修復工事が行われました。
常陸國總社宮のご祭神とご利益
常陸國總社宮には、常陸國ゆかりの多くの神々が祀られています。- 伊邪那岐命(イザナギノミコト)
子宝や夫婦円満、健康長寿のご利益があるとされています。 - 須佐之男命(スサノオノミコト)
災いや病を祓い、厄除けの力を授ける神とされています。 - 邇邇藝命(ニニギノミコト)
五穀豊穣や豊かな暮らしをもたらす神と伝えられています。 - 大国主神(オオクニヌシノカミ)
縁成就や人々の幸福を守る神として知られています。 - 大宮比賣命(オオミヤヒメノミコト)
心の悩みをやわらげる女神とされています。 - 布瑠大神(フルノオオカミ)
病気平癒や回復を助ける神と伝えられています。 - 常陸国諸神(ヒタチノクニショシン)
常陸国全体を守る神々です。
ご神木(県下第一の大楠)
樹齢は約600年、樹高約17m、幹回りは約4mです。昭和39年の火災で被害を受けましたが、その後ふたたび芽吹き、現在も生き続けています。
倭武天皇腰掛石
第12代景行天皇の皇子、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が東征の途中、この石に腰かけたと伝えられています。
『常陸國風土記』では、日本武尊は「倭武天皇」と記され、特別な存在として扱われています。社殿を造営する際、この石が建設地を定める決め手になったとも伝えられています。
右手には絵馬奉納所があります(写真下)。
大鳥居(一の鳥居)と表参道
ここで社殿を離れ、本来の入口である大鳥居と表参道から案内します。旧参道から表参道の大鳥居までは徒歩で約7〜8分、拝殿からは約5分です。
一の鳥居は稲田産の花崗岩を汽車で運び、大正4年に完成しました。参道には、氏子町内から例大祭の年番記念として奉納された灯籠が並び、祭事の際には提灯が掲げられます。
奥の突き当たりを左に曲がると、広い境内に出ます。
正面奥に見える門が随神門です。左手前には手水舎があります。
随神門に向かって右手近くには土俵があります。例大祭の神賑行事として行われる奉納相撲のための土俵です。
土俵の右手にある「おみたらし道」を少し下ると、禊場に至ります。
禊場
江戸後期に整備されたと考えられていますが、戦後の混乱から使用されておらず、平成25年に設立された氏子青年ひたみち会が整備事業を行って湧水を引き込み、同年12月29日に72年ぶりに禊を復活。現在では例大祭の直前や年末に禊が行われています。
禊場を見ましたら、随神門まで行ってみましょう。
常陸國總社宮の随神門
随神門は、本殿と同じく寛永4年頃に造営された、境内でも古い建造物の一つです。遷座の際の仮宮の木材が用いられたと伝えられています。門内には、石岡市指定文化財の随神像一対が安置されています。
随神門をくぐると、右手に御輿舎と境内社が並び、その先に拝殿と本殿が見えます。
左手前には雛人形が飾られた神楽殿があり、その奥に本殿と拝殿があります。
常陸國總社宮の御朱印
手塚治虫と石岡のつながり
漫画家の手塚治虫の先祖に、手塚良庵(てづかりょうあん)という医師がいました。良庵は大阪の適塾で福沢諭吉とともに蘭学を学び、江戸で種痘所を開いた人物です。
1980年代に、良庵が手塚治虫の先祖であることが明らかになりました。これをきっかけに、手塚治虫は良庵を主人公の一人に据えた歴史漫画『陽だまりの樹』を描きました。
良庵は石岡市ゆかりの人物でもあり、手塚治虫と石岡市は先祖を通してつながっています。
常陸國總社宮では、『火の鳥』にちなんだ授与品や、『ジャングル大帝』の主人公レオを描いた御朱印や御朱印帳も用意されています。
昼食は道の駅かさまで
道の駅かさまでの滞在は、12時55分から13時55分までの約60分です。「笠間のゲートウェイ(玄関口)」をコンセプトに、笠間市の魅力を発信する施設です。栗専門のカフェ&ショップや、新鮮な農産物や土産品が並ぶ直売所、常陸牛など地元食材を使った料理を提供するフードコートがあります。
[公式サイト]https://m-kasama.com/restaurant
手前のキッチンカーでは、モンブランを販売しています。
道の駅かさま全体では、笠間モンブラン、生搾りモンブラン、楽栗 La Kuriのモンブラン、さらに塩モンブランなど、種類も豊富です。
多目的広場でも軽食を販売しています。左へ進むと、メインのフードコート(写真下)があります。
入口近くの食券売り場では、「活龍」が営業しています。ゆず塩そばや、笠間栗を120g使用した純モンブラン贅沢タンタン麺などを提供しています。
常陸牛専門店「kasama farm’s」では、常陸牛と笠間産の食材を使ったハンバーグやステーキ、カレーを扱っています。
私が選んだのは、一番奥にある和食レストラン常陸乃國かぐや姫の舞茸釜めしです。舞茸が多く使われた一品です。
天ぷらうどんや天丼も人気メニューで、天ぷらが大きく盛られています。
あんばさま総本宮 大杉神社と勝馬神社
あんばさま大杉神社での滞在は、15時5分から16時5分までの約60分です。
バスを降りて約2分歩くと、一の鳥居に着きます。鳥居の奥には、左にねがい天狗、右にかない天狗の大きな頭が設けられています。
あんばさまとは?
大杉神社は、かつての常総内湾の東端にあたる場所に建てられました。『常陸國風土記』には、この地が「安婆嶋(あんばさま)」と記されています。先端が細く伸びた地形が、遠くから島のように見えたことが名前の由来とされています。大杉神社は「夢叶え大明神」として知られています。文治年間に現れた常陸坊海存が大杉大明神の力を借りて奇跡を起こしたと伝えられ、天狗信仰が広まりました。
やがて烏天狗と鼻高天狗の二体が「ねがい天狗」「かない天狗」として信仰されるようになり、願いを後押しする神社として親しまれています。
[公式ページ]https://oosugi-jinja.or.jp/
一の鳥居をくぐり、少し進むと二の鳥居があり、階段を上がると、その先に神門があります。
神門は「悪魔祓いのあんばさま」として知られ、境内へ入る正式な入口です。ここから神聖な空間に入ります。
豪華な楼門(麒麟門)
神門を通ると左手に楼門(麒麟門)があります。中国の伝説に登場する麒麟の彫刻が施されており、これらは幸運や繁栄の象徴とされています。
この門の装飾は非常に色彩豊かで、日光東照宮の陽明門を彷彿とさせる豪華さがあります。
あんばさま大杉神社の拝殿と本殿
あんばさま大杉神社の社殿は、拝殿・幣殿・本殿がつながる複合社殿の形式です。参拝者は拝殿からお参りし、その奥に本殿があります。
拝殿
拝殿は入母屋造で、屋根は銅瓦棒葺きです。正面には千鳥破風と唐破風向拝が付き、朱色を基調とした社殿となっています。各所に彫刻が施されています。
本殿
本殿は三間社流造で、屋根は銅瓦棒葺きです。装飾が多く、海獣背乗仙人や天の邪気足踏仙人などの彫刻が見られます。
彫刻と文化財
社殿には、島村圓鉄や磯辺儀左衛門による彫刻が残っています。現在の社殿は文化13年(1816年)に再建され、1977年に稲敷市指定有形文化財に指定されています。
装飾の多い社殿は、日光東照宮を思わせる華やかな造りです。
ご祭神とご利益「夢叶え」
- 倭大物主櫛甕玉命(ヤマトオオモノヌシクシミカタマ)
農業や商業、開運の神とされています。 - 大己貴命(オオナムチノミコト)
国づくりを進めた神で、縁結びや産業繁栄のご神徳があります。 - 少彦名命(スクナヒコナノミコト)
医薬や知恵の神とされ、病気平癒や健康長寿のご神徳があります。
あんばさま大杉神社の「夢叶え」は、ただ願うのではなく、自分の意思で目標に向かう姿勢を大切にする考え方です。その行動を神様が後押しするとされています。
たとえば「健康でありますように」と祈るのではなく、「健康になるために行動する」と具体的な目標を掲げることを勧めています。
拝殿正面の右手には縁切の斎庭(ゆにわ)があり、かわらけ割りが行えます。左手には厄除けの撫桃が置かれています。
桃は古くから魔除けの力があるとされ、厄除や八方除、そしてその年の運気による災いを避けるご利益があると伝えられています。
拝殿・本殿の瑞垣には、中国の「二十四孝」の浮き彫りが施されています。「二十四孝」とは古代中国の孝子(親孝行な人)24人の説話を集めたものです。
瑞垣とは、神域と人が暮らす世界を区切るための垣根のことです。社殿を囲む結界の役割を持っています。
吊し賽銭箱・金運回廊
拝殿前の吊し賽銭箱に挑戦してから、金運回廊を巡ります。賽銭箱は高い位置に吊られており、意外と入りません。
金運回廊には、大国様と恵比寿様をお祀りした大国神社、天照大御神を祀った五十瀬神社、日吉山王宮・白山神社・妙見宮、四柱神社、天満宮が並んでいます。
(写真下は、天満宮から)
奥にはご神木の三郎杉がそびえています。大杉神社では、樹齢約1000年、高さ約40メートルの次郎杉と、高さ約28メートルの三郎杉がご神木とされています。
かつて「あんばさま」と親しまれた太郎杉は、1778年に失われました。
なお、次郎杉は離れた場所にあるため、今回は見ることができませんでした。
あんばさま総本宮 大杉神社の御朱印
通常御朱印は12体あります。
稲荷神社・勝馬神社・相性神社へ
神門を出て左へ進み、少し歩いてから右へ曲がると、三社の名が掲げられた鳥居に着きます。そこをくぐって歩いていくと、稲荷神社、勝馬神社、相生神社が並んでいます。
2026年は午年ということもあり、勝馬神社には多くの参拝者が並んでいました。列は約50mほど続いていました。
勝馬神社にある2つの奇跡
昭和初期まで、大杉神社の馬場では毎年4月8日に競馬が行われ、約100頭の馬が出走していたと伝えられています。
近くには日本中央競馬会(JRA)の美浦トレーニングセンターがあり、騎手や調教師、競馬関係者の参拝も多い神社です。
勝馬神社のご神木は、折れた枝が馬の顔のように見える姿で知られています。また、幹の洞には観音像が安置されています。
勝馬神社の御朱印
中央の二体の御朱印をご覧ください。通常の御朱印の二ページ分の大きさがあります。もはやアートなポストカードのようです。
稲荷神社と相生神社
稲荷神社
立身出世や商売繁盛のご利益があるとされ、特に多くの参拝者が訪れます。赤い鳥居が並ぶ美しい景観が特徴で、訪れる人々から強い信仰を集めています。
相生神社
相生神社には、イザナギとイザナミが祀られています。子授けや良縁成就、夫婦和合にご利益があるとされ、特に妊娠を希望する方々に人気です。特定の日には願い紐をかける儀式が行われ、多くの参拝者が訪れます。
最後に、大杉神社のトイレは設備が整っています。男性用もすべて個室です。内部の装飾は、襖絵のような意匠が施されています。
まとめ:午年に参拝したい大杉神社/勝馬神社
2026年の午年にあわせ、勝馬神社を中心に、鹿島神宮、常陸國總社宮を巡るバスツアーに参加しました。午年のはじめに「最勝」と掲げる勝馬神社を参拝できたことは、印象に残る体験でした。
勝負運や金運を祈願し、鹿島神宮では決断力を、常陸國總社宮では行動する力を整えます。
そして最後は、「夢叶え」で知られるあんばさま総本宮 大杉神社へ。
願うだけでなく、自ら動く。その一歩を後押ししてくれる参拝コースです。
午年の節目に、最勝を祈るなら勝馬神社へ。一年の始まりにふさわしい巡拝となりました。
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午年に参拝したい関東の神社☆大杉神社/勝馬神社バスツアー
※当記事の内容は個人の感想を含み、諸説ある話の1つを基に作成されているため客観的な事実を表すものではありません。 また、特定の説を支持したり、異なる説を否定したりするものではないことをご了承ください。 なお、内容についてのご質問はお受けいたしかねます。








この記事を書いた人
リョウさん
2007年頃から、年に2〜3回趣味で日帰りバスツアーに参加していました。
当初ははとバスをメインに、読売旅行、クラブツーリズムなどを利用していました。
2017年頃から神社に興味を持つようになり、四季の旅のツアーに参加するようになりました。
基本、月一同行取材に参加しています。
お気づきの方は、お気軽にお声をかけてください。
どうぞ、よろしくお願いいたします。