この記事は、「吉田の火祭りと富士山麓パワースポットバスツアー」の紹介記事です(2026年8月26日参加)。なお、参拝する神社は、北口本宮冨士浅間神社・河口浅間神社・冨士御室浅間神社の三社です。
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8月26日の夜、富士吉田の街が真っ赤に燃え上がります!
上吉田の本町通りに並ぶのは、多くの大松明。次々と火が灯され、街全体が炎に包まれるような光景は圧巻です。
日本三大奇祭の一つ「吉田の火祭り」は、コノハナサクヤヒメの火中出産の神話や、諏訪の神にまつわる伝説とも結びついています。
浅間神社と諏訪神社に捧げられる炎が夜空を焦がす光景は、まさに富士吉田の特別な一夜。一度は現地で見てみたくなる迫力があります。
2026年は北口本宮冨士浅間神社の参道にも大松明が並び、火が灯された特別な夜となりました。
なお、日本三大奇祭は次の3つです。
- なまはげ柴灯まつり(秋田県)
- 御柱祭(長野県)
- 吉田の火祭り(山梨県)
吉田の火祭り〜北口本宮冨士浅間神社
北口本宮冨士浅間神社近くの駐車場に着いたのが16時15分過ぎでした。これから20時15分までの約4時間が自由時間になります。火祭りの大松明の点火予定は18時30分ですので、まずは北口本宮冨士浅間神社を参拝します。
北口本宮冨士浅間神社のご由緒
日本武尊(ヤマトタケル)が東征の途中、大塚丘から富士山を拝したことに始まると伝わります。
景行天皇50年(西暦120年)には浅間大神と日本武尊を祀る祠(ほこら)が建てられ、延暦7年(西暦788年)、富士山噴火を受けて現在地に社殿が建立されました。
古くは富士山を遥拝する祭祀の場でしたが、のちに富士講の発展とともに登拝の拠点となります。
江戸時代には関東一円から多くの富士講が訪れ、村上光清による大造営で、現在に残る社殿や境内の姿が整えられました。
北口本宮冨士浅間神社[公式ページ]https://www.sengenjinja.jp/
杉並木の参道横には、幾つもの大松明が用意されています。
北口本宮冨士浅間神社の大鳥居・随神門・拝殿
大鳥居
木造鳥居として、高さ約18m、幅約11mの日本最大級の大きさを誇ります。浅間神社の鳥居というより「富士山の鳥居」とされ、文明12年(1480)の建立以来、建て替えや修理を重ねながら受け継がれてきました。
随神門
元文元年(西暦1736年)に建立された、重要文化財に指定されている門です。三間一戸八脚門、切妻造、瓦棒銅板葺の形式で建てられています。
神楽殿には「吉田の火祭り すすき祭り」の垂れ幕がかかっています。
拝殿
元文4年(西暦1739年)に富士講村上派の村上光清によって建立された、重要文化財指定の建造物です。八棟造りの幣殿、本殿と接続され、全体として権現造の形式をしています。
【ご祭神】
木花開耶姫命(コノハナサクヤヒメノミコト)
彦火瓊瓊杵尊(ヒコホノニニギノミコト)木花開耶姫命の夫神
大山祗神(オオヤマヅミノカミ)木花開耶姫命の父神
吉田の火祭りは諏訪神社から始まる
| 8月26日 吉田の火祭り (鎮火祭) |
高さ約3mの多くの大松明が一斉に点火され、町中が火の海と化す派手で迫力のある一日です。意味: 富士山の山仕舞い(お山じまい)を告げ、火鎮めを祈願する行事です。 |
| 8月27日 すすき祭り (本祭り) |
神輿が神社へ戻る還御の際、氏子や参列者が「すすきの玉串」を持って神輿のあとを追って境内を回ります。意味: 祭りの締めくくりにあたり、安産や無病息災を祈る重要な儀式が行われる本祭りです。 |
16時50分。
いよいよ、諏訪拝殿に納められていた二つの神輿が出てきます。まずは明神神輿です。
続いて、富士山の形をした御山神輿が出てきました。全体を朱色に塗った姿は、夏の「赤富士」を表すとされています。
※御山神輿は「御影神輿」とも呼ばれ、噴火する荒ぶる富士山を表す神輿とも伝えられています。
御山神輿の担ぎ棒は地上に直に下ろすために、毎年新しくされます。
いよいよ、二つの神輿は大鳥居をくぐり、参道へ向かいます。大勢の人々もその後に続きます。
この頃には、大松明がしっかりと立てられています。
火祭りのメイン会場となる本町通りでは、約2kmにわたって大松明が灯されます。しかし、参道の大松明に炎が上がる様子も、ぜひ見てみたいと思いました。
吉田の火祭りは上宿交差点へ
17時08分。二つの神輿は参道から出ると、左へ曲がり、上宿交差点へ向かいます。
通りの看板に掲載されていたポスター
17時30分。
二つの神輿は、ここ上宿交差点でしばらく止まります。
大きさが少し分かりにくいかもしれませんが、二つの神輿には、それぞれ子供用の神輿もあります。
吉田の火祭りメイン会場の本町通り
二つの神輿が上宿交差点で止まっている間に、本町通りを先へ進んでみます。
本町通りの中央には、大松明を立てるための土台がすでに準備されています。
富士講を支えた御師の家を見学
17時55分。本町通りを歩いていると、入口に二つの石柱が立つ敷地がいくつかあることに気づきました。これが富士吉田の御師(おし)の家だそうです。
富士吉田の御師とは
富士山を信仰する人々を迎え、登拝を支えた案内役です。自宅を宿坊として開き、宿泊や食事を用意するだけでなく、登山の作法や信仰についても伝えました。江戸時代には、各地から訪れる富士講の人々を迎え、祈祷を行い、登山口まで案内しました。
御師の家の特徴は、入口に二つの石柱が立ち、そこから玄関まで長いアプローチが続くことです。
この御師の家では、ガラスの円柱の中にロウソクが灯されていました。訪れる人や神様を導くためなのだそうです。
ここの案内人によると、御師によって家の大きさや間取りはそれぞれ異なるそうです。
一番奥には神棚があり、ここで祈りを捧げることができます。
18時10分。
本町通りから、今歩いてきた上宿交差点の方を振り返ると、富士山が富士吉田の街を見守るようにそびえていました。
二つの神輿が来る前に、腹ごしらえをしておくのもよいでしょう。この通りは住宅地で食事処が少ないため、出店している屋台を利用します。
吉田の火祭り「御旅所」
18時23分。
いよいよ、二つの神輿のうち、まず明神神輿が御旅所(上吉田コミュニティセンター)にやってきました。
御山神輿も御旅所に到着しました。1日目の吉田の火祭り(鎮火祭)では、ここ御旅所が二つの神輿のゴールとなります。
御旅所近くのローソン前は、広い休憩スペースになっています。夕食をとるなら、ここを利用するのがおすすめです。
18時48分。
吉田の火祭り1日目(鎮火祭)は、いよいよ大松明への点火が始まり、祭りは佳境を迎えます。
大松明には、それぞれ選ばれた代表者が紹介されたあと、火を灯していきます。そのたびに、周囲から大きな拍手が送られます。
しかし、ここで20時15分の集合時間が気になってきました。このまま本町通りを金鳥居まで進むと、北口本宮冨士浅間神社の参道に灯る大松明を見る時間がなくなりそうです。
やむなく、ここから引き返すことにしました。


富士講とは
富士山を信仰する人々が、地域ごとにつくった集まりです。
特に江戸時代には関東地方で盛んになりました。講の仲間がお金を出し合い、毎年交代で代表者が富士山へ向かう「代参」も行われました。
また、富士山への登拝を何度も重ねることにも大きな意味があり、その記念として石碑を建てたり、奉納品を納めたりする講もありました。
上宿交差点の電光掲示板にも、吉田の火祭りとすすき祭りに伴う交通規制が表示されています。
ここから上宿交差点を離れ、北口本宮冨士浅間神社の参道へ向かいます。
北口本宮冨士浅間神社の参道にて
19時23分。
これから約30分、参道に灯る大松明を見学します。
大鳥居を背景に、大松明へ火が灯されます。まさに北口本宮冨士浅間神社ならではの火祭りの光景です。
19時44分。
拝殿前には、まだ参拝者の列が続いています。
諏訪拝殿には、二つの神輿の姿がありません。二つの神輿は、翌8月27日の「すすき祭り(本祭り)」で神社へ戻ってきます。
20時4分。
20時15分の集合時間が近づいたため、吉田の火祭りを見終えて、北口本宮冨士浅間神社を後にしました。
吉田の火祭り・北口本宮冨士浅間神社の御朱印
[コラム]浅間大神と木花開耶姫命
浅間神社のご祭神として知られる木花開耶姫命(コノハナサクヤヒメノミコト)ですが、古代から富士山の神だったわけではありません。古い記録では、富士山の神は「浅間神」「浅間大神」と記されています。
『古事記』には木花開耶姫命が燃える産屋で出産する神話がありますが、富士山との関係は記されていません。
浅間大神と木花開耶姫命を同じ神とする考えは、後の時代に広まったものです。
河口浅間神社と7本杉
滞在時間は、14時40分から15時10分までの30分間です。「浅間」には「あさま」「せんげん」という読み方があります。
河口浅間神社は古い読み方を残し、「あさまじんじゃ」と読みます。
冠木(かぶき)門
現在のバス通りである旧鎌倉往還と、神社の参道を分ける門です。門柱だけの簡素な造りになっています。
大鳥居
高さ約18mの大きな鳥居です。参道の入口に立ち、訪れる参拝者を迎えてくれます。
河口浅間神社のご由緒
864年、富士山が大噴火し、流れ出た溶岩によって大きな湖「剗の海」が分断され、現在の精進湖や西湖が生まれました。甚大な被害を受けたため、翌865年、朝廷の命により富士山の神・浅間明神をこの地に祀り、噴火を鎮める祭祀が行われました。
これが神社の創祀とされ、のちに「名神大社」に列せられました。
河口浅間神社[公式サイト]https://asamajinja.or.jp/
杉並木の多くは樹齢約800年とされ、鎌倉時代から長い時を超えて、今も堂々とそびえ立っています。
波多志(はたし)神
富士北麓に伝わる「徐福伝説」と関わりがあるとされる、小さなお社です。
随神門
神社の境内を守る門で、武具を身につけた二柱の武神が左右に鎮座しています。
神馬社
随神門をくぐると左手にあります。古くから馬を大切にしてきた土地柄を伝えるお社です。神様のお使いとされる白馬をお祀りしています。
河口浅間神社の拝殿
富士祝詞(ふじのりと)
祝詞には、神職が神様に祭りの目的や願いを申し上げるものと、人々に神様の言葉を伝えるものがあります。
この神社に伝わる「富士祝詞」は、富士山の力を鎮めるために唱えられてきた特別な祝詞です。古くから神聖な山として崇められてきた富士山の神霊に呼びかけ、平穏を願う祈りの言葉です。
【ご祭神】
浅間大神(アサマオオカミ)
木花開耶姫命(コノハナサクヤヒメノミコト)

連理の楓(かえで)
異なる木目を持つ木どうしが結びついた珍しい楓です。古くから縁結びや夫婦円満の象徴として大切にされ、良縁を願う人々の信仰を集めています。拝殿に向かって左前にあります。
ヒイラ石
貞観年間に記された書物にもその名が見られる古い祭祀の場所で、当神社の「元宮」ともいえる存在です。
河口浅間神社の七本杉
七本杉はいずれも樹齢約1200年とされ、山梨県の天然記念物に指定されています。
①御璽(みしるし)杉
1号杉は「母衣懸杉(ほろかけすぎ)」とも呼ばれます。かつて例大祭の際に産着を掛けた聖樹とされ、古くから大切に守られてきた御神木です。
②産謝(さんしゃ)杉
2号杉は樹高40mを超える巨木で、「産屋杉」とも呼ばれます。御祭神・木花開耶姫命の火中出産の神話にちなみ、安産や出産を守る御神木とされています。
③齢鶴(れいかく)杉
3号杉は根元の幹まわりが12mを超える巨木です。平安時代、朝廷から派遣された役人が詠んだ「御手植杉 雛鶴齢」の歌にちなみ、その名が付けられました。
④神綿(しんめん)杉
4号杉は樹高47mで、七本杉の中では2番目の高さです。「献虫巣杉」とも呼ばれ、山蚕の繭から紡いだ糸を朝廷へ献上した故事にちなむと伝えられています。
出雲社は、4号杉の先にあります。
⑤・⑥両柱(ふたはしら)杉
5号杉は樹高47.5mと七本杉で最も高く、伊邪那岐命に、6号杉は伊邪那美命にたとえられています。根を一つにして約1200年寄り添ってきたことから、縁結びや良縁の御神木とされています。
諏訪社は、6号杉の近くにあります。
⑦天壌(てんじょう)杉
7号杉は根元の幹まわりが約30mに及ぶ、七本杉の中でもひときわ大きな巨木です。「御柱杉」とも呼ばれ、天地をつなぎ、神霊が降りる神聖な御神木として崇敬されてきました。
河口浅間神社の御朱印
冨士御室浅間神社
滞在時間は、15時30分から16時までの30分間です。冨士御室浅間神社は「ふじおむろせんげんじんじゃ」と読みます。
ご由緒
古くから富士山信仰を支えてきた、富士山中最古と伝わる神社です。本宮と里宮からなり、現在は河口湖畔の境内で両殿に参拝できます。2011年には、富士山二合目(標高1,700m)にある奥宮の境内と、河口湖畔にある本宮・里宮の境内が『史跡富士山』に指定されました。2013年には、富士山の世界文化遺産を構成する資産の一つとして登録されています。
冨士御室浅間神社[公式サイト]https://www.fujiomurosengenjinja.com/
表参道へ
駐車場すぐそばの西鳥居をくぐり、「順路」に従って右へ進みます。表参道の入口となる大鳥居までは、徒歩約3分です。
大鳥居から随神門まで約130m続く表参道は桜並木です。春には桜に包まれた参道を歩きながら、華やかな気分になるでしょう。
随神門を護る武神が可愛い!
随神門を護る二人の武神は、ご覧の通り子どもほどの大きさで、お雛様のような可愛らしい趣があります。
里宮の社殿
天徳2年(西暦958年)、崇敬者が参拝しやすいよう、村上天皇の命により現在の地に創建されました。その後は武田家や小山田家、徳川家から厚い信仰と庇護を受けます。
現在の社殿は明治22年(西暦1889年)に再建されたもので、河口湖に近い静かな境内に歴史の趣を残しています。
【ご祭神】
木花開耶姫命(コノハナサクヤヒメノミコト)
フジガク書道部による「祈龍」の揮毫(きごう)です。
一筋の祈り 織り重なって 暗闇を照らす 光の龍となれ
※フジガク書道部=富士吉田市にある富士学苑中学校・高等学校の書道部
その他の見どころ
「不老」と「長寿」と名付けられた翁と媼の像
仲むつまじく寄り添う姿から、不老長寿だけでなく、夫婦円満を願う像としても親しまれています。
百福の龍宝珠
上昇・隆盛を意味する龍と宝珠をかたどった縁起物です。国家や地域の繁栄を願うものとされ、宝珠には災難を除き、濁った水を清め、福を授ける徳があると伝えられています。
神使の撫牛
自分の体の悪いところを撫でた後、牛の同じ場所を撫でると病気平癒のご利益があるとされます。学業成就は頭や角、子授け・安産は腹を撫でるとよいと伝えられています。
本宮の社殿
現在の本宮本殿は、もともと富士山二合目、標高約1,700mの地にありました。文武天皇3年(西暦699年)に創建されたと伝わり、噴火による焼失などを経て、のちに河口湖畔の里宮へ遷されました。
現在、二合目には奥宮社が建ち、毎年6月に奥宮祭が行われています。2011年には里宮とともに『史跡富士山』に指定され、2013年には富士山世界文化遺産の構成資産となりました。
冨士御室浅間神社(里宮と本宮)の御朱印
まとめ:吉田の火祭りと富士山麓パワースポット
今回のバスツアーでは、河口浅間神社の七本杉、冨士御室浅間神社の里宮と本宮を巡り、最後は吉田の火祭りへ向かいました。16時50分、諏訪拝殿から神輿が出ると、「吉田の火祭り」のメイン会場となる本町通りへ大勢の人々がその後を追います。
本町通りでは富士講を支えた御師の館も見学でき、18時50分ごろから大松明に次々と火が灯されました。
最後は北口本宮冨士浅間神社の参道へ。暗くなった参道で燃える大松明と大鳥居が重なる光景は、本町通りとはまた違った幻想的な雰囲気に包まれていました。
富士山を祀る神社、登拝を支えた御師と富士講、そして今も続く火祭り。それぞれを巡ることで、富士山信仰の深さを感じられた一日でした。
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吉田の火祭りと富士山麓パワースポットバスツアー
※当記事の内容は個人の感想を含み、諸説ある話の1つを基に作成されているため客観的な事実を表すものではありません。 また、特定の説を支持したり、異なる説を否定したりするものではないことをご了承ください。 なお、内容についてのご質問はお受けいたしかねます。








この記事を書いた人
リョウさん
2007年頃から、年に2〜3回趣味で日帰りバスツアーに参加していました。
当初ははとバスをメインに、読売旅行、クラブツーリズムなどを利用していました。
2017年頃から神社に興味を持つようになり、四季の旅のツアーに参加するようになりました。
基本、月一同行取材に参加しています。
お気づきの方は、お気軽にお声をかけてください。
どうぞ、よろしくお願いいたします。