【同行記】元伊勢三社と天橋立三社と天橋立ツアー 1泊2日の参拝ルートと見どころ

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丹波国一宮「縁結び詣り」&丹後国一宮「むすひ詣り」
この記事は、「元伊勢三社と天橋立三社と天橋立ツアー」の紹介記事です(2026年9月26日・27日参加)。
こちらのツアーに参加するにはコチラ

元伊勢三社とは、京都府福知山市に鎮座する、伊勢神宮ゆかりの三つの神社です。伊勢神宮が伊勢市に遷る前に、天照大神が一時的に祀られたと伝わる場所です。

  1. 元伊勢外宮豊受大神社
  2. 元伊勢内宮皇大神社
  3. 天の岩戸神社
天橋立三社とは、京都府宮津市の日本三景・天橋立周辺に鎮座する三つの神社です。「天橋立三社参り」と親しまれ、恋愛成就のパワースポットとして人気を集めています。
  1. 天橋立神社
  2. 元伊勢籠神社
  3. 奧宮 眞名井神社
もちろん、日本三景の一つ天橋立を歩いたり、眺望できたりもします。また、1日目は丹波国一宮 出雲大神宮、2日目は竹野神社にも参拝し、締めくくりに天橋山 智恩寺を参詣します。

それでは、元伊勢三社と天橋立三社と天橋立ツアーに出発しましょう。
1日目は東京・羽田空港を出発し、大阪・伊丹空港へ。伊丹空港からはバスで出雲大神宮へと向かいます。

丹波国一宮 出雲大神宮

11時30分から12時30分の60分が参拝時間です。
なお、時刻は諸事情により変わる場合があります。(以下同じ)

出雲大神宮・千年宮鳥居
この日は一日雨模様でしたが、千年宮鳥居の向こうに雲をまとった御影山が見え、まるで神様が降り立つ場所のような神秘的な雰囲気を感じました。

出雲大神宮の由緒

出雲大神宮は、古くから丹波の地で信仰を集めてきた神社です。

『丹波国風土記』には、奈良時代の初め、和銅年間にこの地から神様を島根の杵築(きづき)へ遷したとする伝承が記されています。

その杵築の地が、現在の出雲大社にあたるとされることから、出雲大神宮には古くから「元出雲」という信仰が伝わってきました。

古くから人と人との結びつきを大切にする神社として、厚い信仰を集めています。

出雲大神宮・一之鳥居
一之鳥居をくぐると、右手に夫婦岩とその後ろに真名井の泉、そして大国 恵比須舎があります。

出雲大神宮・夫婦岩
夫婦岩
縁結びのお守りには赤い糸が付いています。お守りは身につけ、赤い糸を夫婦岩のまわりに結ぶと、良いご縁を結んでいただけるとされています。

出雲大神宮・真名井の水
真名井の泉
ミネラルがバランスよく含まれる極めて健康によい理想の水であるとするなど地質学的に実証されています。参拝者が絶えず御神水を汲みに訪れています。

出雲大神宮・大国 恵比須舎
大国 恵比須舎
社殿創建1305年を記念して祀られたお社です。大国さまの大国主命と、その御子神である恵比須さまの事代主命が祀られています。

出雲大神宮の拝殿と本殿

出雲大神宮・拝殿
拝殿
拝殿は、明治11年(1878)に造営された舞殿形式の建物で、屋根は檜皮葺です。
4月18日の花鎮祭や10月21日の例祭では、巫女による「浦安の舞」が奉納されます。

出雲大神宮の本殿
本殿
拝殿とはつながっておらず、門と塀に囲まれた奥に建っています。
※「出雲」の名を持つ神社ですが、参拝作法は出雲大社の「二礼四拍手一礼」ではなく、一般的な「二礼二拍手一礼」です。

中世の神社建築に多い「三間社流造」で、屋根は檜皮葺です。明治39年(1906)に旧国宝に指定され、現在は重要文化財となっています。

出雲大神宮・本殿
【ご祭神】
大国主命(オオクニヌシノミコト)
三穂津姫命(ミホツヒメノミコト)
大国主命は、因幡の白ウサギの神話でも知られる神様で、少那毘古名命(スクナヒコナノミコト)と共に国造りに尽力しました。三穂津姫命は天地開闢時に現れた高皇産霊神(タカミムスビノカミ)の娘神で、国譲りの際に大国主命の后神となったと伝えられています。

※本殿の裏手へ進むと、春日社、磐座、稲荷社を通り、後ほど紹介する上の社へ向かうことができます。

鎮守の杜から、上の社と笑殿社へ

拝殿横から入れる鎮守の杜(もり)から、上の社へ向かいます。

鎮守の杜
木々に囲まれた小道は空気が清々しく、森を歩くだけで気持ちまで軽くなるようでした。

鎮守の杜 出雲大神宮・上の社
上の社
素戔嗚尊は高天原を追われた後、出雲へ降り、八俣大蛇の生贄にされようとしていた櫛稲田姫尊を救って妻としました。
大国主命は、神話によって素戔嗚尊の子、または5代・6代後の子孫とされています。


【ご祭神】
素戔嗚尊(スサノオノミコト)
櫛稲田姫尊(クシイナダヒメノミコト)

鎮守の杜
上の社でひんやりとした澄んだ空気を感じながら、次の笑殿社(わらへどのしゃ)へ向かいます。

笑殿社(わらへどのしゃ)
笑殿社

【ご祭神】
事代主命(コトシロヌシノミコト)
少那毘古名命(スクナヒコナノミコト)
事代主命は大国主命の御子神です。少那毘古名命は大国主命とともに国づくりを進め、医薬や温泉を人々に広めたと伝えられています。

ここから道なりに進むと、一之鳥居の前に出ます。

出雲大神宮の御朱印

出雲大神宮の御朱印

道の駅 京丹波 味夢の里で、自由昼食

12時55分から13時55分の60分が自由昼食時間です。

道の駅 京丹波 味夢の里
道の駅 京丹波 味夢の里は、京丹波の“美味い”や“面白い”が集まる場所です。

「京丹波 味夢の里」という名前には、丹波栗や丹波大納言小豆、丹波黒大豆など、京丹波の豊かな食の魅力を地域の未来につなげたいという思いが込められています。
また、丹波高原のなだらかな山々に囲まれた里の風景をイメージして名付けられました。

道の駅 京丹波 味夢の里 道の駅 京丹波 味夢の里 丹波栗や丹波黒大豆、丹波大納言小豆をはじめ、新鮮な野菜やお米、スイーツ、加工品など、京丹波ならではの商品がそろっています。

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元伊勢外宮豊受大神社

京丹波 味夢の里から約45分で、元伊勢三社の一社「元伊勢外宮豊受大神社」に到着しました。参拝時間は14時40分から15時10分までの30分です。

元伊勢外宮豊受大神社の由緒

雄略天皇の時代に伊勢の山田原へ遷されたと伝えられることから、「元伊勢外宮」と呼ばれるようになりました。

正式な社名は「豊受大神社」ですが、伊勢神宮 外宮の元宮と伝わる由緒から、現在も「元伊勢外宮」の名で親しまれています。

元伊勢外宮豊受大神社
かなり急な100段を超える石段があります。

黒木鳥居と神楽殿
階段を登り、左手に行くと黒木鳥居と神楽殿があります。
黒木鳥居は樹皮がついたままの丸太を用いた、日本最古の形式とされる珍しい鳥居です。

元伊勢外宮豊受大神社
黒木鳥居をくぐると、右手に社殿群が見えます。

元伊勢外宮豊受大神社
中央が拝殿で、その左右には伊勢神宮 外宮の別宮と同じ、左に多賀之宮、右に土宮が祀られています。

元伊勢外宮豊受大神社の拝殿と本殿

元伊勢外宮豊受大神社・拝殿
元伊勢外宮豊受大神社・本殿
本殿は、伊勢神宮と同じ神明造(しんめいづくり)です。

【ご祭神】
豊受大神(トヨウケノオオミカミ)
天照大神の食事を司る神様で、五穀豊穣や産業の発展を守る神として信仰されています。

龍燈の杉 風宮と摂末社
拝殿と本殿の左右には、摂末社が上の写真のように並んでいます。奥にあるのが伊勢神宮 外宮にもある別宮の一つ風宮です。

金刀比羅神社
本殿の真後ろには金刀比羅神社があります。こちらは、伊勢神宮 外宮にはないお社です。

元伊勢外宮豊受大神社の限定御朱印

元伊勢外宮豊受大神社の限定御朱印
普段は社務所に神職の方はいらっしゃらないそうですが、この日はにこやかに迎えてくださいました。
通常は書き置きの御朱印をいただくところ、今回はなんとこの日限定の御朱印を授与していただきました。

元伊勢内宮皇大神社と天の岩戸神社

元伊勢外宮豊受大神社から約10分で到着。15時20分から17時までの100分間が、正式参拝と天の岩戸神社への参拝を含めた滞在時間です。

元伊勢内宮皇大神社

元伊勢内宮皇大神社の由緒

伝承では、崇神天皇の時代、天照大神を永く祀る場所を求めて奈良の地を出た際、最初にこの丹波の地へ遷られたとされています。

天照大神はここで4年間祀られた後、各地を巡り、最終的に現在の伊勢神宮 内宮へ鎮座したと伝えられています。

この由緒から、伊勢神宮 内宮より前に天照大神が祀られた場所として、「元伊勢内宮」「元伊勢皇大神宮」などと呼ばれ、今も厚い信仰を集めています。

元伊勢内宮皇大神社・表参道
杉木立に囲まれた約300mの表参道には、220段に及ぶ急な石段が続き、上っていると次第に息も上がってきます。
少し大変ですが、静かな森の中を一歩ずつ進んでいく時間も、参拝の一部に感じられます。

麻呂子杉
正式参拝の際、宮司さんが話されていた参道の二本のご神木「麻呂子杉」です。京都府の「天上の木 10選」に選定されています。

元伊勢内宮皇大神社・麻呂子杉
枯死した麻呂子杉の株から若芽が自然に芽吹き、神奈備(カムナビ)の霊気に育まれながら成長しています。(写真:元伊勢内宮皇大神社「公式サイト」より)
※神奈備とは、神霊が宿る山や森などの自然環境、またはその神聖な領域のことです。

元伊勢内宮皇大神社の社殿

黒木の鳥居
黒木の鳥居
皮を剥がずに作る原初的な鳥居で、全国にも数が少ないとされています。元伊勢外宮豊受大神社にもありましたね。

元伊勢内宮皇大神社・社殿
社殿のすぐ左に立つのが、ご神木「龍灯の杉」です。幹の半分が空洞になっていますが、今も生き続け、枝を伸ばしています。

拝殿の裏手にある本殿は、伊勢神宮と同じ神明造で、屋根は茅葺です。

この日は団体での参拝だったため、この後すぐに天の岩戸神社へ向かい、残念ながら本殿の写真を撮り損ねてしまいました。

元伊勢内宮皇大神社の御朱印

元伊勢内宮皇大神社の御朱印

天の岩戸神社へ

天岩戸神社へ 日室ヶ岳遥拝所
天の岩戸神社へ向かう途中に日室ヶ岳遥拝所があります。正面の日室ヶ岳(岩戸山)は、古くから神聖な山として大切にされてきました。

遥拝所は「一願さん」とも呼ばれ、一つだけ願い事をすると叶うという一願成就の信仰があります。

天岩戸神社へ
天の岩戸神社へ向かう道はかなり急な坂道です。写真左に続く道は帰りに通るルートで、最初に上ってきた社殿までの約300mの坂道を再び下らずに済むとわかり、少しホッとしました。

ところが、ここから先はさらに急になり、ゴツゴツした石段になります。

天岩戸神社へ 天岩戸神社へ 天岩戸神社へ 天岩戸神社
天の岩戸神社は、日室岳のふもとを流れる宮川渓流沿いにあり、岩壁に寄り添うように鎮座しています。

天照大神が隠れたという伝説が残り、神々が座したとされる「御座石」や、神楽を舞ったと伝わる「神楽石」などの巨岩もあるそうです。

ご覧のように、最後は鎖を使って岩場を登ります。この日は雨で岩肌が濡れて滑りやすかったため、私は無理をせず、下から遥拝することにしました。

元伊勢内宮皇大神社・参道
先ほど紹介したように、帰りは右手の緩やかな道を進みます。

天の岩戸神社の御朱印

天岩戸神社の御朱印

ルートイン京都舞鶴に宿泊

ルートイン京都舞鶴 ルートイン京都舞鶴の朝食
朝食をとり、2日目の出発は7時45分です。

2日目は竹野神社から

9時5分から9時50分の45分が参拝時間です。「竹野」は「たかの」と読みます。

斎宮神社と竹野神社の社標
入り口の左右に、境内社の斎宮神社と竹野神社の社標が立っています。

竹野神社

竹野神社の由緒

竹野神社は『延喜式神名帳』に記された古社で、竹野郡では唯一「大社」とされた格式ある神社です。

伝承では、第9代開化天皇の妃となった竹野媛命(タケノヒメノミコト)が、晩年に故郷へ戻り、天照大神を祀ったことが始まりとされています。

境内の斎宮神社には竹野媛命をはじめ、丹後に伝わる鬼退治の伝説で知られる麻呂子親王も祀られ、古くから守護神として信仰されてきました。

中門・拝殿・本殿

竹野神社・中門 中門
神社の門としては珍しい向唐門(むかいからもん)で、丸みのある唐破風が特徴です。左右には桟敷舎と神輿庫が付いています。

竹野神社・拝殿
拝殿
建物には皇室とのゆかりを示す菊花紋や桐花紋が施されています。

竹野神社・本殿
本殿
現在の社殿は文政13年(1830)に再建されたもので、京都府登録文化財に指定されています。大きな一間社流造で、正面には双折桟唐戸(もろおりさんからど:中央で2枚に折れ曲がる仕組み)が設けられています。

【ご祭神】天照大神

神明山古墳へ

神明山古墳へは、竹野神社の中門前から右へ進み、案内に沿って遊歩道を歩きます。

神明山古墳へ 神明山古墳へ
3分ほどで、頂上に着きます。

神明山古墳へ
神明山古墳は前方後円墳で、国の史跡に指定されています。
全長は約190mあり、日本海側でも最大級の古墳です。網野銚子山古墳に次ぐ規模をもち、「日本海三大古墳」の一つに数えられています。

神明山古墳

竹野神社の御朱印

竹野神社の御朱印

丹後古代の里資料館

竹野神社へ参拝する際、バスは丹後古代の里資料館の駐車場を利用します。時間に余裕があれば、ぜひ立ち寄ってみてください。

丹後古代の里資料館
京丹後市内で発掘された考古資料を中心に展示する博物館です。縄文時代から中世までの資料を通して、「丹後王国」と呼ばれる古代丹後の歴史を紹介しています。

北前船と間人
北前船と間人(たいざ)
間人は江戸時代に北前船の寄港地・中継地として栄えた港町です。

丹後国一宮 元伊勢籠神社&奧宮 眞名井神社

天橋立三社
元伊勢籠神社・眞名井神社から天橋立(傘松公園)、智恩寺までは、11時10分から14時45分までの3時間35分が、昼食を含めた滞在時間です。

元伊勢籠神社

元伊勢籠神社の由緒

伝承では、奥宮の眞名井原で古くから豊受大神が祀られ、その後、天照大神も迎えて4年間ともに祀られたとされています。

のちに天照大神と豊受大神はそれぞれ伊勢へ遷ったことから、籠神社は伊勢神宮の内宮・外宮の「元宮」として、「元伊勢」と呼ばれています。

養老3年(719)には、社地を現在の場所へ移し、社名を吉佐宮から籠宮へ改めました。

元伊勢籠神社 元伊勢籠神社の狛犬
重要文化財の狛犬って?
頭が小さく、胴と足が大きい独特の姿をしています。

阿形の右前脚には、剣豪・岩見重太郎が斬りつけたという伝説の刀傷が残り、それ以来おとなしくなったと伝えられています。
現在も「魔除けの狛犬」として信仰されています。

神門と拝殿

元伊勢籠神社・神門と拝殿
これより先は撮影禁止。立派な本殿を写真で紹介できないのが残念です。また、拝殿や本殿の様式などは公開されていません。

【主祭神】
彦火明命(ヒコホアカリノミコト)
瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)の兄弟神とされ、海の奥宮・冠島に降臨したと伝えられています。冠島は、天橋立を望む傘松公園から見ることができます。

【相殿】
天照大神(アマテラスオオミカミ)
豊受大神(トヨウケノオオカミ)
海神(ワタツミノカミ)
天水分神(アメノミクマリノカミ)

元伊勢籠神社の御朱印

元伊勢籠神社の御朱印

むすび詣り限定御朱印「望」

むすび詣り限定御朱印「望」
毎月「満月の日」限定で授与される特別な御朱印です。
古くから満月(望・もち)と新月(朔・さく)の日は、「むすひ」と呼ばれる万物を生み育てる力が高まるとされ、その特別な日に参拝した証として授与されます。

奥宮 眞名井神社へ

奥宮 眞名井神社へ
籠神社から眞名井神社へ向かうには、社殿右手の東門から出て左へ進みます。すぐにT字路に出ますので、そこを右へ曲がってください。

奥宮 眞名井神社へ
2〜3分ほど歩くと、左前方に鳥居が見えてきます。
「外宮大元宮吉佐宮」と刻まれています。眞名井神社は、古くは「吉佐宮(よさのみや)」と呼ばれ、伊勢神宮 外宮につながる元宮と伝えられています。

奥宮 眞名井神社へ
鳥居をくぐり、そのまま2分ほど進むと眞名井神社に着きます。

奥宮 眞名井神社
右の石碑には「匏宮大神宮」と刻まれています。「匏宮(よさのみや)」は眞名井神社の古称で、前に紹介した「吉佐宮」と同じ意味合いです。

天の眞名井の水を汲む
天の眞名井の水
案内板によると、この水は天上から降り、最初は日向の高千穂に、その後「丹波与佐宮」と呼ばれたこの地に遷されたと伝えられています。
さらに伊勢神宮 外宮へも遷され、1500年以上にわたり、毎日神様に供えられているとされています。

奥宮 眞名井神社 奥宮 眞名井神社
眞名井神社は階段を上った先から、写真撮影禁止になります。

眞名井神社の本殿は、籠神社と同じ神明造です。江戸時代の社殿をもとに、平成28年(2016)から約2年かけて修繕され、平成30年(2018)に本殿遷座祭が行われました。
本殿のすぐ後ろには、古くから神様を祀ってきた磐座があります。

磐座主座【ご祭神】
豊受大神(トヨウケオオミカミ)
伊射奈岐大神(イザナギ)
伊射奈美大神(イザナミ)

磐座西座【ご祭神】
天照大神(アマテラスオオミカミ)
伊射奈岐大神(イザナギノオオカミ)
伊射奈美大神(イザナミノオオカミ)

奥宮 眞名井神社の御朱印

奥宮 眞名井神社の御朱印

天橋立では、リフトとフェリーで移動

天橋立ケーブルカー・リフト「府中駅」
元伊勢籠神社・眞名井神社を参拝した後は、天橋立リフトで笠松公園へ向かいます。約6分、景色を楽しみながら空中散歩です。

天橋立リフト 天橋立リフト天橋立リフト 天橋立・股のぞき台
股のぞきをすると、天地が逆さになり、天橋立が龍のように天へ昇っていく姿に見えるといわれています。この眺めは、「昇龍観」と呼ばれています。

天橋立・昇龍観
写真を逆さまにしました。龍が天へ昇っていく姿に見えるでしょうか?

天橋立・智慧の輪
智慧の輪
かわらけを投げて輪の中を通すと、願いがかなうといわれています。

冠島・沓島遥拝所
冠島・沓島遥拝所
沖合には冠島・沓島が見えるそうですが、この日は霞んでいて、どれがその島なのかはっきりとはわかりませんでした。

案内によると、両島は籠神社の「海の奥宮」とされ、主祭神の彦火明命と后神の市杵嶋姫命が降臨したと伝えられています。

天橋立展望レストラン 笠松展望台
笠松展望台からは、天橋立をさらに高い位置から一望できます。

笠松展望台から天橋立を一望 リフトから天橋立を眺望
帰りはリフトに乗り、まるで天橋立を独り占めしているような景色を楽しみながら下っていきます。

天橋立リフト終着
ここから元伊勢籠神社の鳥居まで戻り、フェリー乗り場へ向かいます。

観光船のりば「一の宮駅」
元伊勢籠神社の鳥居から徒歩約1分の観光船のりば「一の宮駅」へ向かい、観光船で約15分。智恩寺横の天橋立観光船のりばまで移動しました。

天橋立フェリーより 人に慣れているカモメ(ウミネコ?)
人に慣れているカモメ(ウミネコ?)が、エサを求めて何度もすぐ近くまで飛んできます。

天橋立フェリーより 天橋立フェリー終着へ フェリーより廻旋橋を見る
フェリーを降りてそのまま進み、天橋立の入口にあたる廻旋橋(写真上)へ向かいます。

天橋立観光船のりば

天橋立神社へ

天橋立・廻旋橋
こちらが、観光船からも見えた廻旋橋です。船が通る際には橋の中央部分が回転し、船が通れるようになります。

天橋立・大天橋
廻旋橋を渡り、さらに先へ行くと青い大天橋があります。

天橋立・食事処
天橋立・知恵の松
知恵の松
天橋立には、それぞれ名前が付けられた松が10本以上あります。時間に余裕があれば、名前を確かめながら一つずつ撮影して歩くのも楽しそうです。

与謝野寛(鉄幹)・晶子夫妻の歌碑
与謝野寛(鉄幹)・晶子夫妻の歌碑
小雨はれ みどりとあけの 虹ながる 与謝の細江の 朝のさざ波(寛の歌)
人おして 回旋橋の ひらく時 くろ雲うごく 天の橋立(晶子の歌)

マツコならぬ「松の精」人形
マツコの人形?
「初音ミク」のネームプレートを付けた、マツコではなく「松の精」の人形です。作者は宮津市農業委員会の方だそうです。思わず笑ってしまう、遊び心のある作品です。

天橋立神社

廻旋橋から10分ほど歩くと、天橋立神社に到着します。

天橋立神社
【ご祭神】
豊受大神(トヨウケノオオカミ)
大川大明神(オオカワダイミョウジン)
八大龍王(ハチダイリュウオウ)
天橋立が伊弉諾尊と伊弉冉尊を結んだという伝説から、人と人との良縁を結ぶ場所として、恋愛成就や縁結びの信仰を集めています。

天橋立・磯清水
磯清水
海に囲まれているのに真水が湧く不思議な井戸として知られています。

蕪村の歌碑
蕪村の歌碑
天橋立神社の右手にあります。
はし立や 松は月日の こぼれ種
天橋立の松を、長い年月が生み落とした「こぼれ種」にたとえ、その悠久の景色を詠んだ句です。

天橋立・宮津湾の眺望
最後に天橋立から宮津湾の眺望を楽しみ、廻旋橋へ戻ります。

天橋立・廻旋橋へ
この後、天橋山 智恩寺・三門前の門前町で少し遅めの昼食を取り、旅の締めくくりに智恩寺を参詣します。

天橋山 智恩寺の門前町

天橋山 智恩寺

智恩寺の三門
智恩寺の三門
明和4年(1767)に再建された丹後地方最大級の門です。再建の際、後桜町天皇から黄金を賜ったことから「黄金閣」と呼ばれています。
門には「海上禅叢」の扁額が掲げられています。「海上にそびえる禅の道場」という意味です。

智恩寺・多宝塔
多宝塔
三門をくぐると左手に見えるのが、室町時代に建立された多宝塔です。国の重要文化財に指定されており、丹後地方に残る室町時代の多宝塔として貴重な建物です。
また境内の松には、扇子の形をした「すえひろ扇子おみくじ」が数多く結ばれ、目を引きます。

鉄湯船(手水鉢)
鉄湯船(手水鉢)
鎌倉時代に湯船として造られたもので、現在は手水鉢として使われています。

智恩寺・文殊堂
文殊堂
知恵を授ける仏様として知られる文殊菩薩を祀っています。智恩寺は「日本三文殊」の一つに数えられ、受験や資格試験など、学業成就を願う参拝者が多く訪れます。

霊木 文樹
霊木 文樹
「文樹(もんじゅ)」は文殊に通じる名を持つタブノキで、「人生を智恵で飾る者に幸いが訪れる」と伝えられています。樹液は香りがよく、線香の材料にも使われるそうです。

智恵の輪燈籠
智恵の輪燈籠
フェリー乗り場近くの海沿いにあります。輪を3回くぐると、文殊菩薩から知恵を授かると伝えられています。
ただし、実際に体ごと輪をくぐるのは難しいため、頭を3回出し入れしたり、燈籠の周りを3回まわったりする人もいるそうです。

智恩寺・文殊堂の御朱印

智恩寺・文殊堂の御朱印
智恩寺を参拝した後は、バスで京都駅へ向かいます。京都駅から15時22分発の新幹線に乗り、東京駅へ戻りました。

まとめ:元伊勢三社と天橋立三社と天橋立ツアー

今回のツアーでは、
1日目に出雲大神宮を参拝した後、元伊勢外宮豊受大神社・元伊勢内宮皇大神社・天の岩戸神社の元伊勢三社へ。
2日目は竹野神社を訪れ、元伊勢籠神社・眞名井神社・天橋立神社の天橋立三社を巡り、最後に智恩寺を参詣しました。

伊勢神宮へとつながる伝承を持つ古社だけでなく、急な石段や鎖を使う天の岩戸神社、眞名井神社の磐座など、それぞれに異なる雰囲気を感じられる参拝でした。

天橋立では、笠松公園からの「昇龍観」を眺め、リフトやフェリーで移動しながら、神社参拝だけでなく、景色や歴史、古墳まで楽しめる、内容の濃い2日間となりました。

こちらのバスツアーに参加するにはコチラ
元伊勢三社と天橋立三社と天橋立バスツアー

※当記事の内容は個人の感想を含み、諸説ある話の1つを基に作成されているため客観的な事実を表すものではありません。 また、特定の説を支持したり、異なる説を否定したりするものではないことをご了承ください。 なお、内容についてのご質問はお受けいたしかねます。

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